アナログとデジタルの融合を目指しつつ、これから義肢装具業界が目指すべき方向について稲垣社長に尋ねると、2つの方向を示されました。
ひとつは、地域貢献です。
義肢装具士の技術は、保険適用の患者さんのためだけではなく、一般の人々が抱える問題解決にも役立てるべきである、という強い思いです。
「たとえば、子どもはみんな外反扁平足です。4〜5歳までの子どもは骨が柔らかく、体重をのせると足が変形します。7〜8歳くらいで骨の形成が終わるため、この間は特にきちんと足に合う靴を履かせなければなりません。しかしほとんどの子どもが既製品の靴を履いているため、足の変形や膝関節の異常を抱えてしまっています。
そうした子どもたちは、足に合うインソールを作って靴に入れるだけでも、姿勢の改善が見られ、スポーツ障害のリスクが軽減されることがわかっています。
病気やケガを治すばかりではなく、病気やケガをしにくい健康な体づくりこそ重要です。義肢装具士の技術はそうした方面にも貢献できるのですが、その認識が社会的にも義肢装具業界にも、まだ浸透していないことが問題なのです」
この問題を解決するために、社長はすでに行動を起こしています。
2017年春の甲子園に21世紀枠で出場したものの大敗してしまった、岐阜県立多治見高校の野球部の生徒たちを対象に、オーダーメイドのインソールを無償で提供し、ポテンシャルをどれほど引き出せるか、ケガや故障を防げるかを試すため、多治見市長と交渉しています。良い結果が出れば、そこから健康な体づくりを目的とした事業モデルを生み出し、医師をはじめとする医療関係者を巻き込みながら展開していく予定です。DGPも全力でバックアップしていきます。
もうひとつは、国際貢献です。
稲垣社長は「これから義肢装具士を目指す若い人たちは、NGO活動にどんどん参加するべきです。とくに、安全性が確認できる範囲で、ルワンダやケニアなどの紛争地帯には一度行ってみてほしい」とおっしゃっています。
そこには義足や義手を必要としている人たちが、何十万人もいます。現地の義肢装具士は、患者さんの断端からどんどん湧いてくるウジを取り除きながら義足を作っている、という状態です。それでも義肢を作ってもらえる人はまだ幸いで、足を失った人が手を地面について移動している光景も珍しくありません。
そうした人々の存在を認識し、世界的にも高い技術を持つ義肢装具士たちが「自分は何をするべきか」と真剣に考えることで、日本の義肢装具業界はもっと活躍の場を広げられるはずです。
たとえ現地に設備がなくても、三次元足型自動計測機のようなキャリータイプの3Dスキャナーを一つ持って行くだけで十分です。現地で測定し、データを日本に送信すれば、すぐに義手や義足を製作して送り届けることができます。
序章で触れた、3Dスキャナーや3Dプリンターなどの必要なデジタル機器をすべてコンテナに搭載した簡易工場のようなものが実現できれば、日本の義肢装具技術のすべてを現地に提供することができ、多くの人々の生活が改善されるでしょう。
デジタル化により、これまで不可能だと思われていたことが次々と可能になっています。義肢装具士として何ができるのか、国内外に目を向ければ、無限の可能性が見えてくるはずです。