誤解がないように、はじめに断言しておきます。
本書でデジタル化を勧める理由は、製作環境にデジタル技術を取り入れることで、日本の義肢装具士が持つ高度なアナログ技術──患者さんの心身の状態を読み取り、モノにフィードバックする能力が、これまで以上に発揮できるようになるからです。
義肢装具士が製作するのは「患者さんにとって最適な義肢や装具」です。患者さんの病気や障害の種類、痛みの感じ方、ライフスタイルなど、すべて考慮したうえで素材を選択し、形状を調整し、製作しなければなりません。そこまで配慮された義肢や装具だからこそ、病気やケガの治療に役立ち、担当医から評価されるのです。
現在のデジタル機器には、そこまで複雑な判断はできません。
ただし採寸や採型は、デジタル技術による代替がすでに可能になっています。それらを導入すれば労力と時間が節約でき、患者さんとのコミュニケーションやフィッティング、調整などにより多くの時間をかけられるようになります。また、義肢装具士が個々の感覚で把握していた領域が数値として〝見える化〟されることにより、新しい課題やニーズを発見できるようになります。
他にも、デジタルデータを保存することで再製時の工程を省略したり、時系列で比較して変化の様子を視覚的に確認できるようになります。さらにデジタルデータは簡単に共有できるため、一人の義肢装具士が下した判断を、他の義肢装具士が閲覧して参考にしたり、適合性について議論したりすることもできます。
何より、次章で詳しく述べますが、デジタル化が進んでいる医療現場との新しい連携の形を探ることができるのです。
それらは全て、義肢装具士の仕事の質を向上させる要素です。デジタル化によって今まで得られなかったデータが獲得できたとき、同時に、今まで見えなかった課題が明らかになったり、デジタル機器を用いた解決方法が見えるようになります。
製造業ではデジタル化による効率化、コストカットがどんどん進んでいます。デジタル化の波は、間もなくすべての産業分野を覆うでしょう。そのとき、アナログとデジタルを融合させた新しい事業スタイルへ移行していなければ、時代に取り残され、社会での役割を失ってしまいます。
現実は厳しい状況にあります。しかし、決して悲観することはありません。
デジタル化、とくにAIの進化で、20年後には現在の仕事のほとんどがコンピュータ化されるという話を、聞いたことはありませんか?
2013年にオックスフォード大学のAI(人工知能)研究者、マイケル・オズボーン准教授は、アメリカの702の職種に対して調査・分析を行い、20年後に「コンピュータ化されてなくなる仕事」と、「コンピュータ化されずに残る仕事」の予想をたて、論文として世界に発表し、大きな話題になりました。
論文によれば現在の仕事の約半分が「なくなる仕事」として分類されている一方、義肢装具士は「残る仕事」の第7位にランクインしています。
それは、デジタルでは代替できないアナログ部分の仕事こそが、義肢装具士にとって重要な要素だからでしょう。そして、日本の義肢装具士はこのアナログ部分の技術水準が、世界最高レベルなのです。
日本人が持つ世界最高水準のアナログ技術と、最先端のデジタル機器が融合すれば、まさに「鬼に金棒」だと思いませんか?
日本では「義肢装具士」というと、どちらかといえば「地味な職業」というイメージがありました。しかしこれからは違います。日本の義肢装具士はどの国にも負けないものづくりを行う職業として、これまで見たことがない花形産業へと変身するのです。
◎この章のまとめ
・海外の義肢装具業界では、3Dスキャナーや3Dプリンター、3D切削機などを導入した製作のデジタル化・自動化が進んでいる。
・日本の義肢装具製作の現場もデジタル化をしなければ、受注の確保、売り上げの維持が難しくなると考えられる。
・デジタル化により製作の効率性を上げ、それによって生じた時間を患者とのコミュニケーションや、新しい取り組みにあてることで、義肢装具業界は大きな変革を遂げることができる。